ヌワラ・エリヤはスリランカ中央部の丘陵地で、イギリス植民地時代に避暑・娯楽・紅茶栽培の要所として発展した。この街は、その冷涼な気候、コロニアル風の建物や競馬場の存在などにより、この島の他の地域とは明らかに一線を画している。
谷を見渡す斜面にぽつん、と建っているシャレー風のホテルに投宿した。脱衣し、冷たい肩をさすりながらバスルームに入ったものの、シャワーより前に洋式の便器に座った。
用を済ませ、トイレに付属している小さなシャワーで尻をすすぎ、紙で拭く。国や地域により、紙をトイレットに流す場合とそうしてはならない場合がある。屑籠が見当たらないので流すべきかと思案しつつ便器の中に視線を落とした。黄褐色、しかし明らかに排泄物ではない嵩の物体が目に入った。
蛙だった。それは少し大きくなり過ぎたナメコ茸のように、弾力と厚みのある茶色と、粘性の光を呈していた。日本のヒキガエルに似ていた。
その蛙はトイレの水溜りにまるで風呂のように浸かり、水面から顔と両前足を出して、罪のない表情で上を向いていた。その黒い瞳は小さな星を輝かせながらこちらを向き、何か言いたいようでもあった。
ああ、俺はこいつの上に排泄しちゃったのか・・ スマン、大変悪いことをした。これ以上の屈辱は無かったかも知れない。逆の立場だったら、と思うとお詫びの言葉も無い。
しかし、これからどうすればいいのか分からない。普通ならそこから出して、窓の外へ逃がしてやったと思う。けど、しちゃった後だからなぁ。自分で汚しておいてナンだが、正直触りたくない。おや、前足を動かしている。こいつが飛び出し、部屋の中を跳ねまわったら汚物だらけになるかも知れない。まずい、じわじわ登ってくる。
あ、そうだ。この地域は下水道が整備されていない(俺はその計画で来ている)。だからこのまま流してしまっても、すぐにそこら辺の環境中に放出されるに違いない。カエル君、ほんのちょっとだけ息を止めていてくれたまえ、すぐに緑の野に放ってあげよう。君もここで「トイレの中のカワズ」でいるより大海を知りたいだろう、行きたまえ!
そう思ったとたん、トイレのレバーを思いっきり下げた。水が一気にカエルの顔面にかかる。なかなか流れない。白濁した水と泡のなかで頑張っている。その必死な姿を見ているうちに思わずレバーを押す力が緩んだ。この蛙はこんな仕打ち受けるだけの悪行をいつ働いたというのか、どこかからバスルームに侵入し、水があったから浸かっていただけではないか。
手がレバーを離れた。しかし消えてゆく泡のなかに、もうその姿は無かった。
返す返すスマナイな、と思いながらもカエル君の行く末を思った。もうそこらの排水路に出ただろうか、それとも川か池だろうか。
待てよ、となるとトイレ排水もそんなに簡単に環境放出されるのか?それだったらここら辺は悪臭が漂っているはずなのでは・・
“ああ、Septic tank!”思わず呟いた。目の前が暗くなった。大事なメカニズムを忘れていた。
下水道未整備地域によく設置される「腐敗槽」である。日本の浄化槽を原始的にしたような下水処理槽である。そこで汚水は“嫌気的に”滞留し、緩やかに生物分解し、上澄水は通常地下浸透される。
さっきのカエル君は、Septic tankに入ってしまったのではないだろうか。その嫌気的環境下ではおそらく長くは生きてはおれまい。とっととその表面を出口に向かって泳ぎ、上澄水とともに流出できたとしても、地下浸透マスが外気と通じている保証はない。いや、普通は臭気を防ぐため覆うだろう。
施設構造に関しては専門外とはいえ、下水のプロジェクトに関わる人間として、最悪の判断を下したことになる。
せめて、レバーをもっと早く手放していれば、きっとキレイになったカエル君だけが残され、無事救出できたのではないか。自分の愚行が悔やまれる。
断末魔のカエル君の必死な姿が目に浮かぶ。流れる水の残酷な音。水の力は大きい。沢で滝登りしているときなど良く痛感する。蛙が水の中で生活している動物であろうと、その水の流れには勝てなかった。(俺が流したんだけど)
俺は恨まれただろう。祟られるかもしれない。しかし今、俺にできることは少ない。せいぜいカエル君の無念を想い、その生き様を後世に伝えることくらいしかできない。
と、いう訳でここに書かせてもらった訳である。
みなさん、トイレは使用前に必ず中を確認しましょう。