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231217Sun_府中ダービー

コルビが府中にやってきた。モウンガもサム・ケインもやってきた。

府中育ち、味スタから徒歩圏内に住んでいる俺が行かないわけにはいかない。


昨シーズンも府中ダービーには来たが、今シーズンは盛り上がり方が全然違う。ワールドクラスのプレーヤーがてんこ盛りの今年のリーグワンは凄いを超えてちょっとオカシイ。

記憶に新しい'23RWCフランス大会の決勝は、南ア・スプリングボックスxNZ・オールブラックス。その両国代表から15名が今季リーグワンでプレーする。もっと言うと、サントリー、東芝、キャノン、トヨタの4チームに9名いる。

前日の16日、キャノンxトヨタ戦はレギュラーシーズン最多の3万1312人が来場したらしい。とてもいい試合だったようだ。


この日更に、記録を更新する3万1953人。俺が行かなかったら3万1952人。


コルビ ‐ 松島の連係プレーが印象的だったが、モウンガを加えた東芝はやっぱり強かった


220407-09_那覇とその周辺

那覇には何度か来たことがあるのだが、飛行機や船の乗り換えのためだけだった。では、と観光することに。

路線バスに乗り、ひめゆりの塔と平和記念公園で数時間を過ごし、わりとお腹いっぱいな気分になった。その帰り、具志頭(ぐしちゃん)なるバス停で那覇行きのバスをボケ~っと待っていると“港川人の街”という文字が目に入った。

え!? 港川人? と周囲を見回すと歴史民俗資料館があり、「2万年の歴史」がどうのこうの…と書いてある。どうやら港川人が出土したのはココらしい。20分待ったバスがちょうど到着したが、乗るのか乗らないのか分からない中途半端な態度を取りつつ、運転士の怪訝な視線を頬に受けながらスーッと立ち去り資料館へ。

面白かったのが、歴代人類の比較。


左から、ホモ・サピエンス(山頂洞人)、ホモ・サピエンス(港川人)、ホモ・エレクトス(北京原人)、アウストラロピテクス(猿人)。

同じサピエンスでも港川人は南方系だから小柄なんだろう。山頂洞人は毛皮とか着てたから寒い地域に居たのかな。

また、現代人を加えて陸上競技をやらせたら結果は以下のようになると書いてある。


エレクトスすげぇ。さすがサピエンスより何十万年も前にアフリカから出て行っただけあるわ。

(ネアンデルタール人が入ってたら重量挙げ、ヤリ投げは凄そうだが...)

180421Sat_みなかみアドベンチャー

アドベンチャーレースに憧れていた。

その頃はメンバーが揃わず、仕方なくエクステラに出たりした。それが2005年頃だからひと昔前の話だ。

今年ついに、タチトラメンバーのおかげでレースに出場できた。

始めはラフティングで、橋から吊るされたポイントをパドルで叩いて拾っていく。


上陸後はMTB、地図とコンパスを頼りにチェックポイントを辿る。ルート取りは、直進だろうが迂回しようが自由である。



最も緩やかな尾根を選んだが、それでも押し・担ぎがツラい。


長い下りでようやく生き返る。


最後はロゲイニング。低ポイントかき集めでなく、高ポイント狙い作戦に出たが難しかった。


へとへとになってFinish。14チーム中3位になった。


いやぁ、30℃近い陽気の中、よくがんばりました。

160213Sat-14Sun_South Coast

最後の週末も結局調査になってしまった。が、せめて と早めに切り上げてWeligamaという南海岸の小さな街に投宿した。

ときにこの街のアクティビティはサーフィンしか無いという。ならばやるしかない。てか一回やってみたかった。


難しい と聞いていたが まぁ確かに難しい。あイヤ 難しいというより疲れる。波の速度に同調すべく激しくストロークするから腕がとても疲れる。

調査団に経験者がいたので 教わった通りにやったら2-3回目、すぐに波に乗れた。ところがだんだん疲れてきてどんどん難しくなる。上腕が疲労し上半身をボードから持ち上げられなくなる。そうすると波に乗れても立ち上がれない。これがとても悔しい。


ナゼ皆ボードの上に立ち上がることを目指すかと言うと、、それは見ていれば分かる。波乗りは極めて優雅で、無性に憧れる。全く生産性の無い行為だが、フシギなことに多大な犠牲を払ってさえもやりたくなる。誰がこんなことを始めたのだ、と聞くとハワイ発祥らしい。

翌朝、元気なうちが勝負!とばかりに何度かトライする内に何とか立てた。ナントカだから想像したより全然優雅じゃない。それでもユーガへの希望を紡ぐことは実際嬉しい。

へとへとになって飲むビールは最高である。

上手な人たちは波頭に沿って横(平行)方向に進んでゆき、その様が美しい。次の目標は決まった。聞けばそれが脱初心者の指標ということだった。

130822Thu_強制休養


日曜日、MTBでコケて色々なところを打った。


木曜になって、左のアバラが酷く痛むので医者に行ったら、

「ヒビですね、治るのに2-3週間かかるでしょう。」

とのこと。

こけたとき、顔(上唇付近)から出血したのがインパクトあってそっちに注意を引かれていたが、ひどかったのは顔ではなくて肋骨だったらしい。


まあ俺は怪我でもしないとなかなか身体を休めようとしないヒトなので、休養する良い機会かもしれない。


ただ、医者はこうも言っていた。

「重いもの持ったりするとタイヘン痛みますから気をつけて下さい。」

センセェ、おいら来週 引越しなんだけど・・・

ビサヤ諸島-2_ネグロス島の 海と森


パナイ島・イロイロからは、フェリーでネグロス島・バコロドに渡る。こういうときにもフォールディングバイクは便利だ。


バコロドで安宿(千円くらい)にチェックインすると、扇風機しか無く、日中は暑くて居られなそうなので、どこかへ出かけることにした。


ネグロス島は山がちな島だ。高原方面への(どうみても過剰積載の)バスに乗って避暑に出かけることにした。

国立公園のプールで涼み、後はひたすらボーっとする。


日が傾いてから、日本人が作ったという温泉へ。湯に浸かり、ぼけーっと空を見上げると大量のコウモリがまだ陽の当たる木に止まってハネをぴらぴらしている。コーモリも暑いのだろおか。 


夕方、上半身ハダカで片手にビール、というチンピラスタイルでオンボロバスに乗り込み、バコロドに戻るとだいぶ涼しくなっていた。でもホテルの部屋には机が無いのでロビーで明日からの計画を立てる。と、「お前一人なのか?一緒にメシくうか?」などと話しかけてくれる。フィリピンの人は本当に親切だ。

*フィリピンの人は余り一人で行動しない(日本人もそうかも知れないが・・)。だから特にチャリなどで一人旅をしているだけでビックリされ、同情されているのかやたら親切にされることが多かった。

ともかく、最初はネグロスを横切って、東隣のセブ島へ向かうつもりだったが、2日かかる行程上に宿が(少なくともネットでは)見つけられない。う~む、どうしたものかとガイドブックをパラパラやっていると、「アポ島は学術保護区で透明度最高!」などと書いてある。どうせチャリで行けないならアポ島の近くのドゥマゲッテまでバスで行くか、とアッサリ決意。

よかよか、と扇風機の部屋で快適に就寝、5日目終了。


翌日早朝、日本の路線バスよりちょっとゆったりしてるかな~くらいの座席のバスに乗って、ネグロスを縦断。パナイ側からセブ側の海を目指す。


バスは途中で何度も休憩しながら、6時間半後、ついにドゥマゲッテ到着。明るい港町の印象だ。


チャリを組み立て、模索するも目星をつけておいた宿がエライ遠い事が分かった。目ざとくバックパッカーズ風の安ホテルを見つけたので、(めんどくさかったから、即)チェックイン。朝からろくなものを食っていなことに気付き、遅いランチに出かける。


おお、市場!食堂が併設されていないかと思ったが、ない。

おお、海ぶどう!エライ安い(数十円)ので思わず買ってしまったが、そのままじゃ食えない(塩抜き必要)。肉もそりゃウマソーだけどコレをこのまま食ったらさぞ日本人の評判が下がるに違いない・・・  てか食えないし。


あきらめて、到着時に見かけた海沿いの中華レストランでも行こうかと思った矢先、フィリピーノ料理屋サン発見!ソッコーで突入し、堰を切ったようにガツガツ食う。と、隣が娯楽場となっていることに気付いた。 


あとで混ぜてもらおうっかなーと、メシを食いながら眺めていたら、とてもじゃない。めちゃハイレベル。年がら年中やっているのだろうか・・


ふと視線を下げると、この暑いのにジーパンだらけ。これも米兵の影響なのだろうか・・ お近付きになる雰囲気でもないな、と、買い物と明日のダイビングの予約をして、6日目終了。


翌朝、宿泊したホテルからピックアップ、車で約20分で港へ。そこから小船で沖にあるアポ島へ。


2ダイブして、久々のワリに疲労感が無かったので3ダイブ目もやろうかと思ったが、写真を撮りたかったので3本目はスノーケリングにした。(フラッシュ持っていないから暗くてゴメンネー)









この日参加してたのは、アメリカ人、カナダ人、ポルトガル人、ドイツ人、フィリピン人、日本人(俺)。非常に国際色豊かだった。ホテルが同じだったため、この後自然にこのメンバーを中心にメシのときとかに集まるようになった。


夜はホテル屋上のバーで飲んだり遊んだり。ドイツからきたフィリピン3ヶ月放浪中のアレックス君はこの旅でビリヤードを覚えたらしい。現地人ほどの腕前ではなく、俺といい勝負になった。(ヨーロピアンはカッコイイ割に意外と下手)


この次の朝、俺はボホール島に行くつもりだった。ポルトガル人のデイヴィッドも同じ予定だという。では一緒に行こう、というコトになったが・・

俺「じゃあ明朝のフェリーで行こうぜ、朝ちと早いけど。」
デ「いや、僕は明後日がいい。」
俺「どうして?ダイビング以外にここでやる事なんてあるか?」
デ「明日できればトレッキングに行きたいんだ。」
俺「トレッキング!?どこへ?」
デ「昼間ボートからあの高い山を見ただろ?キレイな雲がかかっていた。」
俺「 ・・・俺も行く。」


8日目、トレッキングツアー参加。ツアーといっても登山口まで連れて行ってくれて、殴り書きの地図を渡されるだけだ。はなはだ心細い。


とは言え、ちゃんとしたトレイルのあるのんびりしたハイキングで気持ちのいい午前を過ごす。

「フィリピンにもこんな涼しいところがあるんだな」(参加者一同)



午後は道なき道的な渓谷トレイルで、結構苦労(負傷数名)して目的地の滝まで辿り着く。


意外と疲れて滝つぼで放心する中国人夫婦、フランス人青年、デイヴィッド。でも苦労したせいか妙~に仲良くなり、ホテルに帰っても遅くまで飲んだ(俺とデイヴィッドは翌日5時起きだって何回も言ってるのに・・ )。