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221126-1225_Kathmandu-Jamacho

今年最後の出張は、またしてもネパール。


過去二回の出張では観光ぽいことはほとんど出来ておらず、ホテルの部屋の絵を眺めるくらいだった。

しかし今回は少し落ち着いて、乾期で好天が続くので近場の山でハイキングしてみた。

カトマンズでは5件のホテルを転々とし、今は眺めの良い角部屋のあるホテルに落ち着いている。


そこから毎日眺めているこの山はJamachoという。


日本人の同僚と、この山に行ってみた。


野生動物の保護区で国立公園指定を受けており、外国人は入山料(1,000Rs/人)と強制ガイド料(1,500Rs/組)が掛かる。途上国ではこういうことは良くある。


植生は日本とかけ離れているという感じでもないのだが、全体的に緑が深い。赤松に似たマツやバラ科(ナシ、ウメの仲間)、ブドウ科(ツタ類)などもあった。


見かけた動物はアッサム猿くらいで、


センザンコウは土を掘り返した跡しか見られなかった(夜行性)。


この日、朝部屋からJamachoを見ると霞がかかっており、天気はいいが眺望はどうだろう?と思っていた。

陽が昇るにつれ、水蒸気が散逸することを願いながら登っていた。途中で見えた山頂付近はまあまあである。



1時間半で、山頂へ。


ヒンドゥーの神が祀られておりながらも、仏教のとあるブッダ(ゴータマさんじゃない人)も訪れた、などと良くわからない説明を受けた。


今回ガイドをしてくれたインドラさんと、山頂で売店を営んでいた旦那さん。


この時期のカトマンズはまだ暖かく(市内の最高気温は20℃弱)、ホコリとカスミでヒマラヤ方面は見られなかった。条件が良いと街中心部のオフィスからでも白く輝く山脈が見られるのだが...


下りも同じ道をゆく。MTBで突っ走ったらアッという間だろうなぁ...


ま、ちょっとした一日を過ごせて良かった。

※実際には奥の山は見てません。

Euro Ride - Summary

【行先】
運よく(?)、とある国の仕事が延期になったため、夏季に休めそうだ。アメリカ・カナダ方面は計画に時間がかかるから、まずはヨーロッパを考える。COVID-19関連の制約も緩いことを確認、即決。

【ルート】
これまで4度の欧州訪問はトレッキングルートが中心だったため、おのずと予定は固まりやすかった。一方、自転車旅行となるとルートは基本的に無限、絞ってもEuro Veloくらいはありそうだ。しかし、各々のルートの詳細をググっても包括的な情報は少ない。

そもそも、5月中であれば大幅なサーチャージ値上げを回避できる、というだけの理由で飛行機のチケットを取りたかっただけで確固たる計画はない。とあるブログにより “Cicerone” (登山用に何度か使用したことがあるガイド本)がサイクリング用にもあることを知り、面倒くさいのでこの中にある一つを選び、それがライン川沿いのルートだった。ついでに未踏の国デンマークを足して、スイス(ZRH) IN=デンマーク(CPH) OUTのチケットを買った。

【日程】
結局トータル6週間、うち3週間ドイツで過ごした。詳細は以下の通り。

Symbol (■ hotel, △ camping, CH Swiss, DE Deutschland, FR France, NL Netherland, DK Denmark)
Year-2022
XX 0727_ -2 Narita-(flight)
CH 0728_ -1 -Dubai-(flight)-ZRH airport-(ride)-12.8K(trip), 12.8K(total)-Zurich ■38CHF
CH 0729_00 (Zurich)■38CHF
CH 0730_01 ZRH-(train)33CHF-Konstanz -(ride)-51.2K, 64K-Schaffhausen △25.15CHF
DE 0731_02 -53K, 117K-Waldshut △19EUR
CH 0801_03 -55.5K, 172.5K-Kaiseraugst △12CHF
DE 0802_04 -Basel-53.7K, 226.3K-Bodenweiler △10.2EUR
DE 0803_05 -46.3K, 275.3K-Freiburg △21EUR
DE 0804_06 (Freiburg)△21EUR
FR 0805_07 -(bus)-Strasbourg■35EUR
FR 0806_08 -66K, 354.8K-Les Bords △10EUR
DE 0807_09 -66.5K, 421.3K-Freyersee △13EUR
DE 0808_10 -Mauer-51K, 472.3K-Neckargemund△10.4EUR
DE 0809_11 -Heidelberg-7.3K, 479.7K-(train)-Frankfurt ■17EUR
DE 0810_12 -(Frankfurt)■17EUR
DE 0811_13 -(train)-Mainz-48K, 529.5K-Marienort△15EUR
DE 0812_14 -64.5K, 594.0K-Koblenz△21EUR
DE 0813_15 -(train)-Bonn-33.8K, 631.9K-Rodenkirchen△14.18EUR
DE 0814_16 -Koln-47.2K, 679.1K-Monheim△14EUR
DE 0815_17 -Dusseldorf-(train)-Wesel-54K, 733.1K-Wisselsee△21EUR
NL 0816_18 -87.8K, 820.9K-Jan's home△0EUR
NL 0817_19 -farm-52.4K, 873.2K-Wijk△12EUR
NL 0818_20 (Wijk)△12EUR
NL 0819_21 -58.1K, 940.7K-Nievw-Lekkerland△16.36EUR
NL 0820_22 -Kinderdijk-Rotterdam-59.5K, 1,000K-End of Rhein
-4K, 4K-Hoek van Holland△20.75EUR
NL 0821_23 -25K -Denn Haag-(train)-Amsterdam-16.8K-■21.9EUR
NL 0822_24 -10K-(train)-Groningen-35.8K, 92.3K-△15EUR
DE 0823_25 -45K, 135.1K-(train)-Hamburg■23.5EUR
DE 0824_26 (Hamburg) ■23.5EUR
DE 0825_27 -(train)-Berlin■31.23EUR
DE 0826_28 -(train)-Potsdam-(train)-12K-Berlin△14.5EUR
DE 0827_29 (Berlin)△14.5EUR
DE 0828_30 -76K, 216.9K-Ziegelei△11EUR
DE 0829_31 -63.6K, 280.5K-Wesenberg△12EUR
DE 0830_32 -70.5K, 351K-Waren△14EUR
DE 0831_33 (Waren)△14EUR
DE 0901_34 -91.9K, 443K-Schwaan△10.5EUR
DK 0902_35 -(ferry to Denmark)14.5EUR-58.9K, 501.9K-Nykobing△135DKK
DK 0903_36 -(ferry)55DKK-70.0K, 571.9K-Monbroen△123DKK
DK 0904_37 -65.8K, 637.7K-Stroby△150DKK
DK 0905_38 -60.8K, 698.5K-Copenhagen■195DKK
XX 0906_+1 -10.7K, 709.2K-CPH airport-(fright)-DXB
JP 0907_+2 -(fright)-NRT

ER-II-3 Lake District to Copenhagen

 8/28、残り9日。ベルリンを発ち、再びペダルを踏む。気持ちよく晴れた空の下、こんな遠くまで来た理由を思い出す。そう、これよコレ...。

ライン川沿いはサイクリストが多すぎたからあまりなかったが、ここでは人々の挨拶が嬉しい。ヨーロッパの田舎はいい。そういえば2016年以来、ヨーロッパ訪問ではどこも山間部だったから、挨拶するのが当たり前だった。今回は人が多いところを旅していてちょっと忘れていた。


ベルリンからの北上ルートはどうしようかと考えたとき、"Radfernweg (Rong cycle route) Berlin - Kopenhagen" というのがあることを知った。俺のためにあるようなルートではないか。


ブランデンブルク北部からメクレンブルクにかけては湖沼地帯となっており、大小様々な湖や川に沿って走ることになる。

キャンプ場でシャワーの後、水辺で憩うのは最高。唸るほどビールがうまい...

とあるキャンプ場では再び "The 1st Japanese" として歓迎され、夕方の釣りクルーズ船に乗せてくれた。スタッフの一人は日本のラーメンが大好きだという。

やはりドイツ人、ビールを飲みながら

釣果は無かったがホロ酔いで眺める景色は素晴らしかった

ライド中の景色も楽しい。北海道と似ているような違うような...。


CPHまで600km、道はまだまだ続く

Waren(ヴァーレン)到着。


ここも美しい湖畔沿いに佇む街だ。



居心地よく、連泊してしまった。



そういえばベルリンで降った雨が最後になった。気温18-26℃くらいの超快適な日々が続く。大抵朝は快晴で、午後から雲が出てくる。



ドイツのサイクリング&キャンプは最後まで良かった。


9/2、帰国まで残り4日、バルト海を渡るフェリーに乗船。そんな小さなバイクで何キロ走れるんだ?などと声を掛けられる。ヨーロッパではミニベロは珍しい。街中でも余り見かけない。


3週間を過ごしたドイツを後にする。


2時間後、デンマーク上陸。


煉瓦ゴシック様式の教会が特徴的だ。



ドイツの湖沼地帯とは逆に、バルト海に浮かぶ島々を渡っていくことになる。



空はもう秋っぽい。


ドイツ湖沼地帯では朝露でテントが濡れたが、デンマークに渡るとカラっとしていて再びフライが要らなくなった。


とあるキャンプ場ではスウェーデンやフィンランドで見かけたシェルターがあり、懐かしくて使ってみた。


窓枠からの眺めがシネマスコープのようだ。


夕方は涼しく、長袖フリースを着ていた。


最後のキャンプ場を出発したとき、湾を隔てたはるか向こうにコペンハーゲンのスカイラインが小さく見えた。あんな遠くに半日で行けるのか?


それでもペダルを踏むこと4時間、60km。コペンハーゲン到着。


伝統建築の市庁舎や城、


要塞跡、


街並みなどを眺めながら、


この旅、最後の風景を記憶に収めた。


ER-II-2 Brandenburg (Berlin & Potsdam)

"So, Rotterdam is your final destination"
"Well, it's just the 1st one. I will have some more time after that"
"What's the next?"
"No idea, but I'll have to reach Copenhagen where I fly back to Japan"
"I would go to Berlin and ride along Elbe, it's beautiful"
"Sounds very nice"

この旅の前半、フランスのキャンプ場でドイツのサイクリスト夫妻が俺のバイクのキャリアのビスが一つ欠けているのに気づき、直してくれた。その後にこんな話(↑)をした。


今回俺は、スイス国境のボーデン湖からライン川に沿って旅をしているから、ドイツの西側にあたる。ベルリンには興味はあるが、東寄りで反対側だから全く想定外だった。

ところがハンブルクで帰国日を延ばし、残り5日が急に10日になった。

「ベルリンに行ける?」

調べてみると、鉄道で半日。そこからコペンハーゲンまでの距離500-600km、チャリでも10日で行ける距離だ。

翌日、ハンブルク中央駅。


乗り継ぎ1回、4時間後ベルリン到着。最初に向かったのは、East Side Gallery。数少ない俺の知識では、ベルリンと言えば壁である。



これがあの...


思ったより薄く、低い。その気になれば越えられそうな気も...


次に向かったのは、チェックポイント・チャーリー(東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれていた国境検問所)。


今はフツーの道になっていた。


翌日、ブランデンブルク門へ。


古くはナポレオンのベルリン入城、


直ぐに思い出せるのは1998年の壁崩壊の“絵”。


あのブランデンブルク門が目の前にある。ドイツを統一したプロイセン、プロイセンの基礎になったブランデンブルク、その中心だったのがこのベルリンだ...。


そういえば以前、フリードリヒ大王の本を読んだことがある。この辺に居た人じゃなかったかとググると、関連ワードにポツダムの“サンスーシ宮殿”と出て、思い出した。ポツダムはベルリンから電車で30分、行くしかない。


当時、いつ潰されてもおかしくない弱小プロイセンを大国にしたフリードリヒ大王。彼無くして今のドイツは無かったのではないか。

そして彼の悲哀と苦悩に満ちた人生の中、ほとんど無かったはずの安息の時を過ごしたと言われるサンスーシ。


こじんまりとしているのだが、個人的にはベルサイユ宮殿なんかよりよっぽど品がある気がする。


ところで、ポツダムという地名を知らない日本人はいないだろう。第二次世界大戦末期に拒否、原爆を落とされた後に受諾した“ポツダム宣言”を発した地はここである。

首都ベルリンを陥落、ドイツを降伏させた連合軍は、まだマトモな建物のある郊外のポツダムで来る戦後処理に関し、2週間に渡り話し合った。


その会談が行われた屋敷があるようなので行ってみた。近づいていくと何故か身の毛がよだつ。

ソ連(スターリン)、イギリス(チャーチル)、アメリカ(フランクリン・ルーズヴェルト)の戦勝三国が席に着いたテーブルがそのまま残されていた。


多少の愛国心がある日本人としては複雑な心境のまま、建物を出ると雨が降ってきた。

ベルリンに戻る。連泊したいのだが100EUR以下の宿が見つからないので郊外のキャンプ場まで移動し、チェックイン。

翌日も天気はイマイチなようなので移動はやめてもう一日ベルリンでゆっくりすることに。

“壁”は、残されていたり、残っちゃってたりする。越えられそうだと思った壁は二重だったらしい。しかもその間に障害や監視があったという。そりゃ難しいわ。


それでも民主的自由を求める人々は後を絶たず、多くの人が殺された。


地下鉄マップを見ていたら、『スパイ博物館』なるものが載っている。“Capital City of Spy” と。自慢することだろうか、と思ったがスパイ防止法すらない日本人に言われたくないだろう。

スパイどころか、色々なテロ活動など目白押しでお腹いっぱいになった。ところで興味深かったのは...


第一次世界大戦のキッカケになったオーストリア皇太子候補、フランツ・フェルディナンド夫妻を撃った(同型の)この小さいピストルだった。

ここに書いてあった話ではないが、セルビアでは今でもこの犯人の青年は英雄視されているらしい。オーストリアに無理やり併合されたセルビアの人たちの気持ちは分からんでもない。が、奥さんまで撃たなくてもいいだろう(お腹に赤ちゃんもいたらしい)