インドネシア・マカッサル(スラウェシ島) -1


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インドネシアへ やって来た。

「次はどこ?」-「インドネシアです、また」
「インドネシアの?」-「スラウェシというところ、セレベスとも言いますが。」
「スラ・・ はぁ、うん、へえ・・・」-    と、言う反応が まあ普通である。他人はともかく、派遣が決まる直前まで、当の本人も次の任務地が地球上のどの辺りに在るのか知らない時もあるから、仕方がない。



インドネシアは、まだいい方だ。少なくとも国名で聞き返されることは無いし…  まあとにかく、インドネシアはスラウェシ州の主要都市、マカッサルへやって来た。成田からジャカルタへ8時間、空港で一泊し、翌昼ジャカルタから2時間程度で到着する。バリにもわりかし近い。次はバリ経由にしようかな。

個人的には、スラウェシ島は地図上ではギリギリ知っていた。この独特の形、“CとKの合いの子”みたいな形と、その“C”が赤道を挟んでいることから印象に残っていた。


スラウェシが国際的に知られているとすれば、むしろ北東端のマナド(メナド)の方ではないかと思う。マナドはマリンダイビングが盛んで、日本からもそれなりに観光客が訪れるらしい。

マナドは、植民地時代の影響から混血が多く、イイトコ取りの美人が大変多い土地だ、という話はバリに居た頃から耳に入っていた。美人にあやかって、“メナード化粧品”が名づけられた、という話も聞いた。

自分の知らない土地は、“辺境”と思いがちだが、とんでもない。マカッサルは人口百万を超えるインドネシア第7の大都市であった。


ともかく、スラウェシ島は赤道を跨いでいるが、とりあえず我々が常駐するマカッサル市は、一応南半球で、夏に当たる今の季節は雨季(の始め)である。

インドネシアの雨季は、概して言えば、“もっと湿って、もっと暑い日本の梅雨”と言ったところであろうか。

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海峡に沈む陽を見守る街、マカッサルにやって来た。



雨季を迎えつつある南スラウェシは蒸し暑く、汗の止まる間もない。



ひとたび郊外に出ると南国の田園風景そのものが広がる。



高床式の家を多く見かける。野生動物、雨季の浸水から逃れるため、土埃を防ぐためだそうだ。家に入る時は、階下で脚を洗ってから上がるらしい。



遠い山並みから田園を渡って吹く風に、暑さも忘れるインドネシアの原風景である。


まだ晴れの日が多いが、段々雲が多くなってきたようだ。

Makassar_Indonesia_03 珍太、来た。


インドネシアの国語は、何を隠そうインドネシア語である。

今まで、アラビア語、フランス語、中国語、韓国語、ベトナム語圏などにも赴いたが、英語を除けばインドネシア語が一番簡単に感じる。 *)スペイン語圏にはまだ行ったことがない

何故かというと、表記がローマ字、発音がラク、文法が単純、だからである。


インドネシアはそもそも約2万の島々に分散する多民族国家であり、存在する言語は約600。インドネシア語は共通言語として用意されたものだから、シンプルにできているのは、まあ当然な訳である。

ローマ字だから発音もヘボン式を基本に、独特の発音さえ押さえて読めば通じるので、そういう意味でも楽である。

Saya は“私”の意味で、“Saya mau teh panas(私・欲しい・茶・熱い)”などと主語としても使うが、“Ini untuk saya?(これ・~のため・私 = これ私に?)”のように目的語になっても格変化しない。また、Be動詞もないから、ほぼテキトーに単語を並べるだけで十分意味が通じてしまう。

  

さらに、“Jalan ini ok? (このでいいの?)” “Jalan-jalan saja(ちょっと散歩へ)”や、
Ada pen?(ペン持ってる?)” “Kamar kucil ada di sana(トイレならそこにあるよ)”などと、一つの単語で色々応用が利くから語彙は少なくて済むので、もうほとんど暗記力のないオジサンにはとても有難い。

発音も難しくないから、耳に入ってきやすいし、言いやすい。
“プランプラン(ゆっくり)” “カナン、キリ(右、左)” “イカン(魚)” “サンパイ(~まで)” “キタ(私たち)” “キラキラ(だいたい)” “ポトン(切る)”
などはまるで日本語のようである。



ある日街を歩いていると、哀愁漂うメロディーとともに、「珍太~来た~」と歌う声が聞こえてきた。

ナンだ!? とその時は思ったが、考えてみるとあれは多分、“Cinta kita(愛・私たち = 私たちの愛)” だったのではないかと思うのである。

Makassar_Indonesia_04 とこなつのしま


スラウェシは常夏の島である。

常夏の国、というのは何となく無条件に憧れの対象になってしまう気がする。
そういや20代の頃、熱帯雨林やサバンナで半年以上暮した事があるが、上半身ハダカ・裸足の生活は最高だった。


トコナツ、というのはいかにもトロピカルな響きであるが、ココナツに似ている、というのも一因になってる気がしないでもない。


今俺のいるマカッサルは一応南半球なので、12月を迎え、これから更に暑くなってゆく、と思っていたが、考えてみるとこれはチガウことに気付いた。


南半球では日本で言う冬至に向かって太陽が高くなってゆく、というのは、南回帰線以南限定のハナシであった。


では南北の回帰線の間の低緯度地域では太陽高度はどう変化するか?


例えば赤道直下であれば、冬至には太陽は南に23.4度傾き、夏至には北に23.4度傾く。そして、春分と秋分の時期に太陽が真上に来ることになる。


つまり、海陸の熱容量や海流等を無視すると、日本で言う春と秋が最も暑くなる、ということになる。何だかちょっとヘンな感じである。



と、まあそんな事とはオカマイ無しに、スラウェシのトコナツの日々はのんびりと過ぎてゆくのであった。海に沈む夕陽が造る黄昏時は、かつての金曜ロードショーのテーマ曲、Friday Night Fantasyを彷彿とさせてくれるのである。

Makassar_Indonesia_05 山間部


西の海峡に沈んだ陽が、翌朝東の山並から昇りマカッサルに朝を告げる。
(実際はアザーン(街中に響き渡るムスリムの読経)で夜明け前に起こされることが多い。)




南緯5度のこの地でも、山地の涼感は訪れる者を爽やかに迎えてくれる。



機械のない世界では牛馬が多いに働き、有機的な音に包まれている。



この地域の山地は標高3千m近くにもなるが、森林限界を超えることはなく、登山もされていないようだ。




トレイルを歩くには沢沿いの生活道路をJalan-jalan(散歩)するのが良い。

Makassar_Indonesia_06 すだ、まかん?


Suda (already) Makan (eat) ? ~ 昼時の挨拶。



ナシ・ゴレン(めし・炒め)、ミー・クワ(麺・汁)、


イカン・バカール(魚・焼き)などのインドネシア代表料理はもちろんのこと、


スラウェシではCOTO(チョット、牛や水牛のスープ)が圧倒的に人気が高く、店舗も多い。地元の人と一緒に食事すると、やはりCOTO屋さんに連れて行かれることが多い。


スープの具は部位を指定できるが、こだわりのない人はチャンプルー(ミックス)を頼むことが多い。また肉のみでなく、臓物系も堂々と市民権を得ているところが日本発モツ煮愛好家の俺には堪らなく嬉しい。
ちなみに俺のホテルは朝っぱらからこの“水牛モツ煮”を出してくれる。 夜食いたい…


COTOは、ライムとサンバル(唐辛子ペースト)、小葱、フライドガーリックをお好みで投入して(俺はありったけ入れる)、汗をだらだら流しながら「ペダス(辛い)・エナック(うまい)・パナス(暑い)!!」と悶絶しながら食すのが基本である。  ような気がする


サンバルは手作りなので行く店によって風味が違うので、辛いもん好きにはとても楽しいのである。


どうせ暑いんだから、熱いスープを辛くして楽しみゃいいのである。

Makassar_Indonesia_07  沖の小島で、ぷらんぷらん。


雨季の晴れ間の週末、マカッサルを離れて沖に出てみた。



いつもは眺めているだけの海に出るのは初めてである。


小型ボートで20-30分くらいゆくと、居住数17軒のちっちゃい島に着く。


今日はここでプランプラン(ゆっくり)と行動することにした。


ジャランジャラン(散歩)したり、サンゴ礁でスノーケリングなどして腹が減ったら、食堂もないので漁師さんから魚を買って、そこらのオバちゃんに焼いてもらって食事にする。
トロピカルフィッシュの塩焼きはちょっとグロいが、味はフツーの白身魚である。


このときに出してもらったサンバル(唐辛子のペースト)が妙~においしくって、お代わりまでしてカレーの如く白米と一緒に汗だらだらかきながらガツガツ食ってたら、何度もTerima Kashi! と言われてしまった。
(ちなみに公衆トイレもないので村人の家で借りるのだが、これがまた実に親切に貸してくれる。)


食ったから、寝る。そのまま木陰の竹の座敷の上で、まどろみながら思った。“赤道近くでこんな気持ち良く昼寝できるのに、ナンで東京の方が暑いんだろう…”


*) サンバルは、コチジャンや豆板醤のようなもので、通常オカズになるものではない。
*) Terima Kashi テリマカシ は、「ありがとう」の意。この時もそうだが、こちらこそお礼を言わなくてはいけない時に良く先に言われてしまう。Terima Kashi の返し言葉はSama-sama だが、これは「同じ(私もです)」という意味であり、感謝の気持ちは両者ともに同じ、という協調の意識の強いインドネシアの人たちの心を良く表わしているように感じる。