インドネシア・マカッサル(スラウェシ島) -2


100216- 0417_Makassar_Indonesia

Selamat (happy) tinggal (stay) ~ スラマッティンガル / さようなら


*) Selamat tinggal は去る者の挨拶。見送る者は、Selamat (happy) jalan (going) / スラマッジャラン。

Manado_Indonesia

スラウェシ随一の観光地、マナド(メナド)に行くチャンスを得た。そこで突然ながら日本人3人で行き当たりバッ旅に出かけた。今回の踏査の(とってつけた)目的は、

1. メナード美人伝説の確認と目の保養
2. マリンダイビング
3. マナド名物(らしい)犬と猿の肉に舌鼓


である。が、俺自身はイキナリ 1.のためのメガネ、2.のための認定証を持参するのを忘れた。
やる気無さ過ぎである。



まあともあれ、たまにはリゾートホテルなどにチェックインし、日中は街で美人探しに精を出し、ホテルに戻って夕陽など眺めて静かにビールを飲み、ビーチで平和な夜を過ごしたりする。

2日目、シーラカンスが見つかったことで有名なブナケン島周辺に散在するスポットで、マリンダイビングにいそしむことにした。


天気快晴・波低し、のダイビング日和であった。白々しく「あ、認定証部屋に忘れちゃった!」と言ったら“Tidak apa-apa ! (no problem)”と言われた。嬉しいような不安なような・・・
インドネシアは、大抵のことは“kira-kira (おおよそ・だいたい)”で済ませてしまうキラキラ社会なのだ。


正直俺は器具を多く使うアクティビティーは好きではない。今では4台持っているチャリですら、最初長いこと好きになれなかった。こんな珊瑚礁の海では、ハッキリ言ってのんびりスノーケリングする方がよっぽど性に合う。

んだけど、いざ潜ってみると、やっぱりダイビングの素晴らしさは例えようも無い。3次元空間を自由に移動できるこの行為は、「空を飛ぶことが出来たらこんな感じなんだろう」という、誰もが夢見る疑似体験をさせてくれる。



俺はよく、山に入って地球を感じるのを楽しんでいるが、海に入れば、同様だけど次元の違う神秘を感じることができる。地球ってすげぇ。

ダイビングで背負ってくタンクは大体50分くらいもつので、1ダイブは小一時間やっている訳だ(この日は2ダイブやった)。1時間、というのはかなりの時間だと思うが、今まで長いと思ったことは一度も無い。むしろ「もう終わりかよ?」といつも思う。


マリンダイビングの後は約24時間空けないと飛行機に乗れない(減圧症になって下手すっと死ぬ)ので、午後早く引き上げて丘でまったりモードに突入する。

木陰で風に揺られて読書しているといつの間にか寝たのか、時間の感覚ゼロの時を過ごす。ハンモックは結び目のコリコリがマッサージ的に気持ちいいのと、背中が涼しいのがいい。ここから抜け出すのは、冬のコタツから這い出るのとタメ張るくらい難しい。


陽が傾くと、例によってビーチ&ビールの最強B&Bで贅沢な黄昏~宵の口を楽しむ。

3日目、何もすべきことが無い、という日本人離れした休日に身をゆだねる。浜辺で相変わらず寝そべって本を読んでいると、浜辺で寝そべって本を読んでいる写真(シーナマコト)が出てきて思わず笑ってしまった。


こんなにゆっくり出来るのは、逆を言えばあんまりできることが無い海外だからだろうな、と思う。日本ではしたいことがありすぎて、“休”日にホントに休むことなんてほとんど無いし・・・

最後に、同行のKKMさん撮影のウミガメ動画をお楽しみください。


ところで、当初の目的だけど、

1. メナード美人伝説の確認と目の保養
- 全会一致でガセネタと決定。 目の保養? ・・血眼になって探したから却って疲れた。

2. マリンダイビング
- よかった。ちなみにシーラカンスはそんな気さくに出ては来ないらしい。

3. マナド名物(らしい)犬と猿の肉に舌鼓
- 忘れてた。食ってない。

Pix by KKM, KWM & koji
水中写真は全部KKMさん撮影だけど、初使用のカメラでホワイトバランス調整の不備による、本人としてはかなり不本意な作品らしい。ともあれ貴重な画像提供有難うございましたm(_ _ )m


Makassar_Indonesia_08_じゃらんじゃらん、ぱぎぱぎ。

マカッサル港の南、以前遠かった砂州に橋が架かってアクセスが良くなったので、ジョギングしてみた。ホテルの朝食は6時からで、いつも一番乗りしている俺としては、5.50には戻りたいし、少なくとも30分は走りたい。
てな訳で、5.15位にホテルから走り出すと、外はまだ真っ暗だった。


道が良く見えず、余り良いコンディションではなかったが、星がきれいだった。
西のマカッサル海峡に向かって走ると、沈んでゆく南十字星が正面にあった。見上げると、蠍座が悠々と夜の大空に横たわっている。日本の感覚だと蠍座は地平線をかすめるものなので、「遠くに来たな」と実感する。南十字星は見慣れてくるとさほど立派な星座じゃないから、むしろでっかく、見覚えのある蠍座の見え方の違いに異国情緒を感じた。


5.30頃、天文薄明(空が明るくなってから、日の出までの時間)を迎えると、一斉に周囲に船出の音が聞こえ始めた。


星空のpagi-pagi(早朝)に jalan-jalan(ぶらぶらする)のも悪くない、朝起きは3ルピーの得、ってなもんか。

*)ぷちネシア語講座;pagi(朝)を重ねると、pagi-pagi(早朝)、jalan(道)を重ねると、jalan-jalan(散歩する、ぶらつく、ジョグする等)の意味になる。

pic from Google


Makassar_Indonesia_09_ホテル暮らしこそ我が人生

以前、映画俳優のアンソニー・ホプキンスがインタヴューか何かで
 -「ホテル暮らしこそ我が人生。」 、と言っていた。


高校生の頃、映画ばかり見ていた時期があったから多分その頃の記憶だろう。となると20年も前の話である。当時俺はテント泊が旅行の基本宿泊形態で、YHすら贅沢だった。ホテル暮らしなんて想像つかなかった筈だが、何故か今までそのセリフが頭の片隅にずーっとあったようだ。

そのフレーズをよく思い起こす、今日この頃である。

1st pic from Google


Makassar_Indonesia_10_沖の小島で、ぷらんぷらん。 (その2)

仕事も一息ついた週末は、どこかで羽根を伸ばしたくなる。 と、言っても、行くところは一つ。我々は素直に以前も訪れたマカッサル沖の小島へ向った。


小船に揺られ、20-30分で到着。

5-10分くらいで一周してしまう島をじゃらん-じゃらんしたり、
 


 スノーケリングしたりして昼まで遊び、






飽きたところで飯にする。

こんなにたくさん魚が居るのに、当初、威丈高だったフィッシング組の釣果はほとんどなく、

結局漁師から魚を買って焼いてもらい、例によってサンバルカレーと共に平らげる。



後は飽きるまで昼寝や読書をしながら、そよ風に身を委ねるシアワセな午後を過ごして英気を養った。


Pix by KKMさん&俺


Makassar_Indonesia_11_イガイガの王様

そういやフルーツネタを全然記録していなかった。何もかもが当たり前になってしまう長期滞在者の悪いクセである。


ここのところ、土曜はドリアン、という妙な習慣が俺とボスの間の暗黙の了解一歩手前になっている。まあ海上自衛隊が土曜(今は金曜)にカレーを食べるようなものである。 (・・・全然違うのは分かっているがほっといてくれ!)


この週末は、スーパーで買い物して、帰りにドリアン屋さん(街中に収穫期に出現する)に寄って行こう、というコトになっていた。



しかし(匂いで何となく察知はしていたのだが)、スーパーの一角に臨時ドリアン屋さんが鎮座していたので、自然にここで食っていこう、ということになった。





小さめの、1個5,000ルピア(約50円)から取り揃えているようであったが、我々は少々奮発(?)して、10,000ルピアのドリアンを2個購入して取っ付いた。







ドリアンは種の周囲に付着している粘着性の果肉部分を削ぐ様に食べるので、手を使って若干タタカイ気味に、まあ余りスマートでない感じに食す。食いたいけど面倒くさい、というのはカニを食っているときの感覚に似ている。





「アボガドとドリアンはパンに塗って食うとウマイ!!」という未だかつて誰も賛同してくれない信念を力強く持っている俺は、抜かりなくホテルの朝食からくすねて来たパンをオモムロに取り出した。“その周到さを仕事に生かして欲しい・・・”というボスの視線をよそに、このイガイガ王を平らげたのであった。



p.s.
誰が言い出したが知らんが、ドリアンを“フルーツの王様”(最初の写真のRAJAは“王”の意)などと言うようだが、そう認める日本人は余り居ないと思う。俺の周囲の日本人の反応を見ていると、ざっと以下のようである。
・定期的に食いたい : 10%
・あれば食べる : 20%
・(ネタ的に)1度食べればもう結構 : 50%
・食べたいと思わない : 20%
という感じである。ちなみに俺は「定期的に」と「あれば」の間くらいだと思う。基本臭いもん好きだし。あ、なお「(機会が)あれば」になってしまうのは、匂いのため“持込禁止”にしているホテルが多く、外食限定に成りがちなためである。
また、万人受けする訳でもないのに必死に自己防衛している様子は滑稽で、“王”どころか巷に良くいる“ただの勘違い女”程度のもんじゃないの? と個人的には思っている。


Makassar_Indonesia_12_蝶の谷

仕事で係わっている或る浄水場の水源がBantimurung渓谷となっている。

踏査に行ったところ、ここは生物分布の“ウォーレス線”のウォーレスが好んで滞在して多数の蝶の新種を発見したという、世界的に有名な場所だと言う事がわかった。

確かに、この谷に限らずこの近辺は蝶が多い。車で走っていても良く目に付く。

   

土産屋の標本にユリシーズ・バタフライ(Ulysses butterfly)を見つけた。オーストラリア・クイーンズランドの熱帯雨林に3ヶ月程滞在していた頃、よく見かけた蝶なので懐かしかった。
こいつがヒラヒラと視界を横切るとつい見惚れたものだった。その光沢の在る青の舞以外は時間が止まったようだった。

Last pic from Google


Makassar_Indonesia_13_ ★☆ Bir ★☆

インドネシアはムスリムが多数派の国ではあるのだが、何故かビールはどこでも手に入る。

代表的銘柄は、“Bintang”である。結構ウマイので、バリの出張時は土産に持って帰った。



が、ここマカッサルではそのBintangが余りうまくない。一方、バリではイマイチと感じたAnkerの方が「おっ!やればできるじゃないか」と、存在感を示している。多分原料や製造法等に地域差が在るのだろう。

ところで、“Bintang(ビンタン)”は、インドネシア語で「星」の意味である。また、中東で良く飲まれている“Stella”(下の写真(@Syria)左から3番目)も、アラビア語で「星」の意味である。言わずもがなの日本のサッポロビールも星をシンボルとしており、星とビールの怪しい関係を勘繰らずには居られない気分になってくるのであった。


ちなみに、フランス語圏では、(主に昼)メシ前には、“Bon appetit (ボナペティ)”(-直訳は「良い」・「食欲」、日本語には訳しようが無い)と声を掛ける習慣があったが、インドネシア語にも“Selamat makan”(Happy eating) という同じ意味の挨拶が在る。別に料理した人が言うわけではないので、日本の「召し上がれ」とは全く意味が異なる。また、“Selamat minum”(Happy drinking, 「乾杯」 ) という挨拶も在るが、やはり地元の人は通常酒を飲まないので、実際使ったことは無い。


Makassar_Indonesia_14_ ちょっと、いかが?

前にも紹介したけど、南スラウェシの代表的料理は、やはりCoto(“チョット”、牛肉と牛モツの煮込み)である。

これは厳密に言うと煮込み、というか、茹で上げた具にスープをかけたモノである。だから立ち食いソバのように、頼めば直ぐに出てくるのが嬉しい。




これに、(オリジナルは豆ベースの味が薄いスープなので)サンバル(唐辛子ペースト)やジュルック(ライムのようなもの)、塩をお好みで入れて食べる。また、蒸し米(チマキのように笹にくるまれている)が必ずテーブルに置いてあるので、それを入れて食べたりする。 インドネシア料理はいくらでも辛く出来るが、自分がそうしない限り最初は決して辛くは無い。

一杯が小さい(味噌汁くらいの量)ので、俺はいつも2杯食う。そういう人も居るけど、周囲を見ていると1杯の人のほうが多いようだ。インドネシアの人は少食な気がする。一杯は大体50円くらい。

南スラウェシ料理で、Cotoに似た、Pallu Basa (パルル・バサ)という食べ物もある。これはスープに炙ったココナツが使われている。スープがちょっと凝っているし、肉の部位が少し違う(ゼラチン質部位等をも使用)ので、値段は割高である。


上の写真はマカッサルで最も有名な店にて Pallu Basa を食ったときのものである。香ばしくてちょっとココナツの甘みがあって、肉の存在感とサンバルの辛味、ジュルックの酸味などをチャンプルーで楽しむ一品である。これは多分南スラウェシでしか味わうことができないモノなのだろう。

Coto一杯は大体50円くらい、と書いた。普段の食事は、飲み物も併せて平均150-300円くらいだから、Cotoは安い方だ。「安くていいね~」などという声が聞こえてきそうだが、ここでは“持ってるモンが出す”という習慣が支配的であるので、通訳・ドライバーと常に行動していると昼飯の出費は西新宿で昼飯を食っているときと余り変わらなかったりすることが結構ある。しかし習慣というものは個人の考えとは一切相容れないものなので、従うほかに選択肢は全く無い。海外に出て行く人間は我の強い人が多いが、そういう人は、反面、その赴く土地の習慣に馴染むことが困難となることもまた現実である。


Makassar_Indonesia_15_ 晴釣雨読

とある週末、仕事の仲間と釣りに出かけた。あまり天気は良くなかったが、まあ釣りなんて別に好天でなくても良かろう、と思い出発した。
波は荒かったが、1時間ちょい沖に出て釣りを始めた。


第1投からキャッチし幸先は良さげであった。しかし雨が強くなってきたので、ちかくの無人の小島で雨宿り組みと釣り命派に分かれて思い思いに自由なときを過ごす。

まあ、熱帯性のスコールなんて直ぐに収まるだろうと、俺は小島派へ所属。ホントに小さな無人島であったが、廃屋となった小屋などがあり、無為に雨宿りをして過ごす。



途上国では何かにつけて物事がうまく進まず待つことが多いので、俺は常に本を携えている。
この日は晴れていれば釣り、風雨が強くなったら読書という、晴耕雨読ならぬ、晴釣雨読の一日を過ごしたのだった。



Pix by kkm & koji

Makassar_Indonesia_16_ホテル暮らしの友・“ラーメンポット”

海外に長期滞在するときに重宝するのが、“ラーメンポット”なるシロモノである。正式名称では無いが皆そう呼ぶ。同僚には2個同時に使っている人も居る。
(でもタダの電熱式湯沸し調理器だし、結構重いからパックパッカーなどは絶対に欲しがらないと思うけどね。)


呼び名の通り、世界中で手に入るインスタントラーメンを調理することが圧倒的に多い。

が、こいつはパスタや炊飯、煮物等にも平気で使えるスグレモノなのである。



個人的には、豆を煮て食べることが多い。

乾燥豆は、《世界中で入手可能》、《高タンパク・低脂肪》、《腹持ち良好》、《長期保存可》、《どこでも安価》、《種類豊富》、《味付なんでもアリ》、《サイドメニューなんでもアリ》と、


非の打ち所は、『水で戻すのに多少時間がかかる』ことくらい、という人類を永年支えてきた縁の下の力持ちである。 んじゃないかな。

パスタは4分で茹で上がり、短くて扱い安く、細くて具の絡みやすい日本の“サラスパ”が好きだけど、実際パスタはどこでも手に入る。味付けは何でもイケるのでいつも適当だが、何も無いときは“お茶漬け”がパスタに良く合うので多用している。
炊飯は簡単でもあり、難しくもある。基本は、ガスバーナーとコッヘルで炊くときと同じで、米と同容量の水で、香ばしい匂いがするまで加熱するだけだ。手に入る米によって水加減が必要だが、多めに水を入れておけば失敗はまず無いし、少なくとも2度目からはまともな銀シャリにありつける。


Makassar_Indonesia_17_もち肌の女王

バリのマーケットで、Manggis(マンギス; マンゴスチン)のマンガに出てくる爆弾のような愛嬌のある容姿を見た瞬間、一目惚れしてしまった(昨年の話だけどね)。

適当に持って押し潰そうとすると、パクッと割れてもちもちっとした果肉が現れる。蜜のような甘みとともにちょっとした酸味のある、甘酸っぱいヨーグルトのような爽やかな味、そして桃のような繊維質の食感から、バカっぽい見てくれとは裏腹に高貴な印象と女性的なやさしい感じのする果物である。


この果物は「フルーツの女王」とも呼ばれているようであるが、個人的には思いっきり賛成してしまう(支持率的にはどっかのカンチガイ王とは大違い)。冷やして食べると一層酸味が引き立って レビ・エナック (more delicious) である。

直径10cmくらいのを5個買ったら100円位だった。手にとってみて、他のものより密度の大きいもの(大きさの割にずしり、と感じるもの)を選ぶと良いようだ。果実の下部の“*”印(写真右から2番目)が可愛らしくていつも見てしまう。写真の果肉の両サイドが潰れているのは割るときに握った部分だから。